北国の朝

北国の冬の夜明けは遅い。
朝8時ころ、真っ黒だった東の空の一点がほんのりと明るみを帯びる。

東の空の一点がほんのりと明るみを帯びる
東の空の一点がほんのりと明るみを帯びる

あっという間にそれが広がり、黄色がかった一帯が赤みを帯び、いつの間にか真っ赤に輝く。日の出だ!
黒かった空が明るくなり、瞬く間に青く染まってゆく。
朝の、この刹那の情景の流れを逃したくなく、急いで外に出る。
霜で覆われた世界が陽の光に照らされ、美しく輝く。なんとも幻想的な瞬間だ。
張りつめた、冷たい空気は、神秘的であると同時に、力強く、静寂で、温かい。

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雪野原

真っ白な雪野原をひとり黙々と歩く。

サクサク、サクサク….

雪野原
雪野原
雪野原を歩く
雪野原を歩く

いろんな足跡が目に入る。大人の足跡、子供の足跡、それに犬の足跡。

サクサク、サクサク….

足跡
足跡

普段は茶色い木の幹が、真っ白な雪の中で黒く見える。

サクサク、サクサク….

黒い木々
黒い木々

遠くの空の淡い色が私にやさしくほほ笑みかける。

もうすぐ夕暮れだよ。

サクサク、サクサク….

やさしい色の空
やさしい色の空

いつの間にか、白かった月が明るく輝いていた。

サクサク、サクサク….

月

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明日はきっと明るい日になる!

例年のように、正月休みを故国で老いた母と過ごし、じゃあまた夏にね、と別れ、一月半ば、ヨーロッパに戻ってきた。まもなくして中国武漢でコロナとかいう新型ウイルスが流行りだし、正月旅行で来日した中国人によって、日本でも、感染者が増えている、というニュースに、へ~え、あら嫌だ、程度に感じていた。いつの間にか私の住むヨーロッパにも、ウイルスは入り込み、増え続け、世界中が大騒ぎになった。

武漢では都市封鎖、と聞き、一体どういうことなのかな、みんなどうやって生活しているのかな、と思っていたら、三月には、私の住むドイツもロックダウンになった。仕事はオンライン、買い物は、夫が担当し、私は、散歩以外は外にでない、近所に住む娘夫婦とも会えない日々が続いた。飛行機も飛ばない、車も走らない、青空と澄んだ空気に、皆驚き、ああ人類は科学の発展、自由を謳歌し、より裕福に、より便利にと望むあまり、地球を、自然を壊してしまったんだ、と感じた。毎日、素晴らしい好天で、夫は一日中庭で過ごした。

復活祭まで、という前提で始まった接触制限はついに夏休みまで延期され、私の予約していた日本行き飛行機はキャンセルされた。

それでも、状況はかなり良くなり、ヨーロッパ内での人の移動は再開され、北国の長い夏の一日を、自然を満喫して屋外で過ごした。

これまで、馬車馬のように、走り続けてきた私も、一度立ち止まって、人間とは、自然とは、人生とは、生きてゆくということは、家族とは、と色々考えた。音楽家である私は次々とコンサートがキャンセルされる中、何のために生きてきたのか、これから先どこへ向かって生きていこうか、と心がくじけそうになった。日本の水際対策が一向に緩和されないので、老いた母にも会えない。私が必死で努力して進んできた音楽家としての道がこんなにももろく崩れ、当然と思っていた、故国への帰国が許されない。何故か、私の人生そのものを、人格そのものを、否定された気がした。それも、たかがウイルスによって!

寒くなり、室内で過ごす機会が多くなると、また感染が拡大するとは、わかっていたことだ。そして、その通りになった。またロックダウン。

ついにこのまま、コンサートは開催できず、故国にも帰れないまま、2020年は終わるのだろうか。

でも私は負けたくない。明日はきっと明るい日になる!

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祖国を旅発つ朝に

「お客さん、荷物重いですから、わたし、持ちましょう。」という声に振り返った。そこには、中東から来た人らしい、若者の顔が笑っていた。
いつものように、スーツケース2つと、いくつもの手荷物を持って、空港で、リムジンバスを降りた私は、思わず「ありがとうございます。」と、彼がカートに私の荷物を載せてくれるのを見ていた。この、私の祖国の空港で、リムジンバスにスーツケースを載せたり、降ろしたりする仕事をしている異国の若者に、2度と会う事はないだろう。もし、次回の帰国でまた同じ若者が手伝ってくれても、もう彼だかどうかもわからないだろう。
私の祖国で、異国の人が私の旅だちを手伝ってくれる。彼は自分の祖国を離れて、私の祖国で暮らしている。私も祖国を離れて、異国で暮らしている。私の持つたくさんの荷物で彼には私の旅だちが観光旅行ではないことが分かったのだろうか。祖国を後にする、複雑な気持ちが察せられたのだろうか。リムジンバスの運転手の、空港の係り員たちの、「いってらっしゃい。」という言葉が、パスポートに押される「出国」というスタンプが、また帰ってこれる、と私の心を軽くしてくれる。そんな私の気持ちを、中東の若者は知っているように思えた。

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ある冬の日

夜になると、天気予報通り、雪が降ってきた。
暗い庭を窓ガラスを通して覗いてみると、白い雪がつもりだしたのがぼんやりと見える。
明日の朝はきっともう真っ白だろう。
昨日までまるで初春のように暖かい日が続いた。まだ1月末だというのに、デージーも、たんぽぽも、クロッカスも、あたり一面にかわいい花を咲かせ、温かい陽射しを満喫していた。クマンバチもクロッカスの花の中に入り込み、蜜を吸っていた。春まで、まだ数週間あるのに、このまま、冬は終わらないだろうと、心配していた矢先だった。

昨夜の心配通り、今朝は一面白い世界だった。
庭の、針葉樹の大木で、リスが、慌てて冬支度をしていた。鳥たちも、餌を求めて、バルコニーに集まっている。
我が家の変わった猫は大喜びで外へ駆け出して行った。

ピンクのバラが重そうにその花弁の上に雪をのせている。雪鐘草、デージー、たんぽぽ、クロッカスは雪に埋もれてしまったが、木の下の雪鐘草だけは、まるで肩を寄せ合って雨宿りする人たちのように、静かに息を潜ませて震えている。
鉢植えのカメリアは、屋根に守られ、堂々と大輪を咲かせている。

明日は一体どんな景色を見せてくれるのだろうか。

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44年の重み

あの日、私が4年間の留学の目的で、日本を発った日から、44年の年月が流れた。4年ではなく、44年になってしまった。そして、まだ続くだろう。

庭にも、散歩道にも、いたるところに、あの頃と同じように雪鐘草(待雪草)が咲いている。44年前、この北国で、頑張って学ぼうと誓った花だ。そして、絶対に、なんとしてでも、ここで学べた幸せを故国へ持ち帰ろうと。故国で果たせなかったことを。

2年後、悲しい思いで、この花を見ることになった。思いもよらない病気で、3ヶ月、入院した。病気で、挫折してしまった自分。家族から遠く離れ、その上やっとできた友人たちとも離れて暮らした、寂しい日々に見た花だった。

そしてまた時が流れ、この国の中で、4つ目に住んだ町、そこから、後に夫となった人を訪ねて、800kmもの旅をして訪ねた深い雪に覆われた町、そこでも雪鐘草は咲いていた。いつもこの時期だった。

その3年後、私がこの国に住んで、ちょうど10年になった。結婚するために、友人の運転するトラックで、雪で真っ白にそまった町々を通り、私が住んだ5つ目の町へと引っ越した。町に着いてから、雪の積もった道でトラックが動かなくなり、道行く人達が押してくれた。荷物をおろした後、3人で歩いた、ドナウ河の辺りにも、雪鐘草は咲き乱れていた。

6つ目の町には8年住んだ。そこで子供がふたり生まれた。勿論その町にもこの時期になると雪鐘草は咲いていた。大きいお腹で歩いた道にも、ふたりの子供と歩いた道にも。

そしてまた引っ越した。数年の予定で、家族4人で住み始めたこの町がどうやら私の永住の町になりそうだ。

庭には待雪草が雪を待って咲いている。暖冬なのだ。この北国に雪がないというのに、太陽の国、私の故国では、記録的な大雪で、交通、日常生活に大混乱が起きている。

待雪草の花言葉は希望、慰め、逆境のなかの希望、恋の最初のまなざし… 44年前に、絶対に、絶対に…と誓った花! その2年後に落胆して寂しく見つめた花。その後はいつも希望の、喜びの花だった。でも、いつもこの花を見ると、何故か、あの時、病院の庭に咲いていた雪鐘草を見つめていた若き日の自分の姿が重なり、目頭が熱くなる。

待雪草は私の44年の重みを知っている。

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秋の足音

毎朝、起きるとまず、三階のリビングへ行く。ここから、庭の白樺の大木が一番良く見えるからだ。そして、毎朝驚かされる。一昨日から昨日、昨日から今日へと時が駆け足で進んでゆく。秋がどんどん深まってゆく。秋が深まるというと、ひんやりとした静けさを、思い浮かべるが、明るい陽に照らされて、文字通り、黄金色の、葉々が輝いている。そのきらきらとした力強さに心が躍る。

数日前、あら、紅葉が始まるのかなと思っていたのに、まるで、絵巻物でもめくるように、毎朝、新しい景色を見せてくれる。

今日はまだ、夏の名残り、バラの花と、真っ赤に染まった外壁を覆うツタの葉が、不思議と調和して、何とも美しい。

でも、もうすぐ、紅い葉も、黄金色の葉も、散ってしまい、冷たい風が吹くようになる。

そして、リスたちもやがて来る冬への支度を始める。

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新しい家族 2

いつの間にかリーちゃんは3歳、子供が生まれるの、と聞かれるくらい太っている。あんなにやせていたのに。
新しい家族どころか、今では、家族の中心的存在。この家の中も、広い庭も、隅から隅まで知り尽くしているのはリーちゃんだけだ。でも1番のお気に入りは、庭。モミジの後ろの、小株のところで午後よく昼寝している。午前中は大抵家の中で、ダンボール箱や、泊り客用のベットの上で寝ている。午後は息子の居間に入り浸っている。そうでなければ庭。鳥のさえずりを聞きながら優雅に昼寝… 雨の日も平気で外に出る。時々、ビショビショになって帰って来る。雪だってへっちゃら、雪の上に、猫の足跡、何とも不思議なかわいい猫だ。かわっているといえば、あおむけで寝たりする、変な猫、でも最高にかわいい。
夜中は時々遠出をするようだ。リーちゃんお願いだから、車の通る道の方へは行かないでね。

これからもどうぞよろしく!
ずっとずっと仲良くしようね。

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新しい家族 1

息子が猫を飼いたいと言いだした時、私はあまり乗り気ではなかった。子供のころ、犬を数匹飼っていたが、猫とは縁がなく、何かなじめない気がした。
娘が独立して家を出て、急に寂しくなり、じゃあ見に行ってみようか、という事になり、動物の孤児院のようなところに行ってみた。
いろんな猫がいたが、ほとんどの猫はシーツやクッションの下とか、小物の後ろに隠れていて、あまりかわいいとは思えなかった。それでもそのうちに猫を迎えるつもりで色々準備した。
息子にせがまれ、1週間後、もう1回見に行ってみよう、と出かけた。
係りの人と話をしていたら、急に子猫が現れた。それがリーちゃんとの出会いだった。近くの町で見つけられ、3日前にそこに連れてこられた推定半年の、やせたタビー、足、胸おなかが白く、なんともかわいらしかった。足にまといついてきて私たちから離れなかった。お互いひとめ惚れ!すぐに里親縁組が成立した。
名前はチャーチーとつけられていたが、替えても良いという事だった。 予定通り、まず息子の寝室で飼うことにした。順々に移動範囲を広げ、6週間後には外にも出して良いという事だった。

チャーチーはおとなしく、賢くトイレも1度で覚えた。
慣れてくると段々おてんばになり、かくれんぼをして遊ぶようになった。何かの陰に隠れて急に飛び出して私たちを驚かすのが大好きだった。
いつの間にか、私だけリーちゃんと呼ぶようになっていた。言葉も私だけ日本語、バイリンガルのリーちゃんは、6月末の太陽の輝く日曜日、ついに庭に出た。

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白樺の木

庭に白樺の大木が数本ある。四十年かかって十メートルほどの大木になった。

三月、まだ雪の残っっている中、雪割草が、そして気の早いクロッカスなどが咲き始める。白樺の枝がなんとなく様相を変える。短枝の先に冬芽が付き始める。

四月には小さな若葉がでてくるが、まだ遠くからは茶色っぽい。長枝の先から尾状に垂れ下がる雄花が若葉よりはるかに大きく茶色いからだ。

やがて、五月には生命感あふれる明るい緑色の若葉で生い茂る。夏にかけて緑がどんどん濃くなり、雌花も白っぽい花穂から緑色の果穂となり、まさに緑が目にしみる。

そして秋。風が吹くと黄金色の葉が蝶のように舞う。陽が照ると葉がキラキラと輝く。もうすぐ全部落ちてしまう。まるでその前に精一杯輝いているかのようだ。この秋、白樺の傍らに息子が温室を建てた。我が家の庭の新しい眺めだ。

今日夏時間が終わり、冬にまた一日近づいた。これから来る長い冬を前に、白樺は、今年もその役目を果たし、種で詰まった雌花の花穂が熟して枝にぶら下がっている。やがて冬になり、葉は落ちても、木は確実に成長し、種を散らし続ける。

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