祖国を旅発つ朝に

「お客さん、荷物重いですから、わたし、持ちましょう。」という声に振り返った。そこには、中東から来た人らしい、若者の顔が笑っていた。
いつものように、スーツケース2つと、いくつもの手荷物を持って、空港で、リムジンバスを降りた私は、思わず「ありがとうございます。」と、彼がカートに私の荷物を載せてくれるのを見ていた。この、私の祖国の空港で、リムジンバスにスーツケースを載せたり、降ろしたりする仕事をしている異国の若者に、2度と会う事はないだろう。もし、次回の帰国でまた同じ若者が手伝ってくれても、もう彼だかどうかもわからないだろう。
私の祖国で、異国の人が私の旅だちを手伝ってくれる。彼は自分の祖国を離れて、私の祖国で暮らしている。私も祖国を離れて、異国で暮らしている。私の持つたくさんの荷物で彼には私の旅だちが観光旅行ではないことが分かったのだろうか。祖国を後にする、複雑な気持ちが察せられたのだろうか。リムジンバスの運転手の、空港の係り員たちの、「いってらっしゃい。」という言葉が、パスポートに押される「出国」というスタンプが、また帰ってこれる、と私の心を軽くしてくれる。そんな私の気持ちを、中東の若者は知っているように思えた。

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